みんなからよくPEACH
PITがどうやって結成されたのかを聞かれるけれど、
ここではそれを詳しく紹介していこう。
まずこのPEACH PITを語る前にSPOOLいうBANDから語らなければならない。
SPOOLいうBANDはA.J.とY-SUKEが在籍していたSKA
PUNK BANDである。
4人編成でHORN SECTIONはいなかった。1995年で当時まだUNI.STUDENTの
僕らはU.S.A.に渡り数多くのBANDに影響を受けた。GREEN
DAY, BACK-O-NINE,
MIGHTY MIGHTY BOSSTONES。帰国した僕らはすぐにSPOOLを作った。
精力的なSHOWを繰り広げたSPOOLはやがてSNAIL
RAMPのMR.TAKEMURAと
出会い、1999年にSCOOL BUS RECORDSのCOMPILATIOON
CD 「NEW SCHOOL
OF SKA 3」に1曲参加。同じ年にKARMA
RECORDSのCOMPILATION CD 「MELODIC
SKANK MARKET」にも2曲参加している。しかし1999年5月にSPOOLは解散となった。
その後、A.J.とY-SUKEによる新たなメンバー探しが始まった。その3ヶ月後の1999年8月。
メンバー募集の貼り紙を見たAKIKOがTRUMPETとして加入。当時彼女はまだ18歳だった。
精力的にメンバー探しをし、新しいDRUMS,
VOCALが入るがすぐ辞めてしまった。
2000年4月。思いがけない形で新しいメンバーが決まった。それはPOT
SHOTのBBSで
知り会ったT.MORIのTRUMPETとしての加入だ。彼の誘いでMARIがTROMBONE,
RIEが
SAXOPHONEとして同時に加入した。
当初はSPOOLをまた復活させる形で考えていたA.J.とY-SUKEは2000年5月に2人だけの
話し合いをする。それはSPOOLとは全く違うBANDを作ることだった。MALE
VOCALではなく
FEMALEのVOCALにしようと決めた。新しいBAND
NAMEもここで決まることになった。お互い
の意見が出たがSPOOLはY-SUKEが命名したこともあり今回はA.J.が命名することに。
当時NHK海外ドラマで「ビバリーヒルズ青春白書〜90210〜」が放映されていたのはみんな
知っているだろうか?A.J.はその熱狂的なFANであり、それに出てくるCAFE
PEACH PITが
このBANDの由来である。
A.J.は当時カラオケBOXでアルバイトをしていた。そしてA.J.とY-SUKEの話し合いの翌日、
意外な形で新しいメンバーが加入することになる。A.J.はカラオケBOXのアルバイトで
お客として歌いに来ていたある1人の歌声に惹かれた。それがMAYUMIであった。
迷いもなくMAYUMIが加入したのは2000年5月のことだった。
2000年6月。雑誌のメンバー募集欄に掲載されていたTSUYOSHIがGUITARとして加入。
これでPEACH PITのメンバーが全員揃ったのであった。それから怒涛の曲作りが始まった。
PEACH PITの曲作りはすべてA.J.とMAYUMIで行われている。先にMAYUMIがLYRICSを
書いてA.J.がMELODYをつけるというSTYLEだ。そして初めて出来た曲は「HAPPY
HAPPY」。
そして「QUESTION」, 「MISTERY CIRCLE OF
LOVE」とどんどん曲ができていった。
2000年7月に初めての音源として1ST DEMO
「HAPPY HAPPY」をRELEASEした。
2000年9月2日。ようやく1ST SHOWを迎えた。関係者、友人など総勢100数名が見守る中
でのSHOWは大成功に終わる。しかし2000年10月にGUITARのTSUYOSHIが突然の脱退。
彼は大学受験に専念したいということだった。まだ18歳の彼にはいろいろと頑張って貰った。
残念だけどNO WAYである。後任のGUITARはA.J.とY-SUKEがSPOOL時代から知っていた
ATSUSHIである。その後、勢力的なSHOWを続け、2000年12月に2ND
DEMO「SILVER
ATTACH CASE」をRELEASEした。この2ND DEMOのSIDE
Bには今ではもうSHOWでやって
いない「チラリズム」が入っていて貴重なDEMOとなっている。
2000年12月28日。PEACH PITとして初めてSHORT
TOURに出る。場所は茨城県下館市の
EVIL GARAGE。今はなきTHE HEAD BANGERSの企画であった。茨城の人はみんな暖かい。
当時水戸在住のYOUJIROUのADVERTISING
SUPPORTには大きな感謝を贈りたい。
2001年はまずPEACH PITの企画EVENT「SKALY
HiLLS青春白書」が3月に開催された。
これにはINTERNETで知り合い、仲良くなった名古屋のYum!
Yum! ORANGEに出演して
もらった。A.J.とPEZ STOMPのYes! I DOとトキメキ21のTATEZUKA2000でVJをするという
おもしろいEVENTでもあった。しかしこのEVENTは最初で最後となってしまっている。
2001年4月。2ND SHORT TOURに出る。今回の場所は愛知県名古屋市のDAYTRIPだ。
もちろんYum! Yum! ORANGEも一緒である。このEVENTのFRIEND'S
SHIPのYOSSYには
大変感謝している。今回のSHORT TOURでは1台の大きなVANをRENTALしたが8人全員
乗れるというのは本当に楽しい。宿泊先はA.J.が調べた「国民の宿」に泊まった。BAND
MEMBERで寝泊まりしたのはこれが初めてであった。
2001年8月。3RD DEMO「SHAKE?!」をRELEASE。しかしこの後すぐGUITARのATSUSHIが
3ヶ月間PEACH PITに参加できなくなる。そこでSPOOL時代のDRUMSのTASTUYAに
その間SUPPORTしてもらうことになった。A.J.は同時にGUITARとなる。まだ18歳の彼は
本当に18歳と思えないくらいしっかりしていて、いろいろと感謝している。
2002年1月。ATSUSHIがPEACH PITに復帰し、それとともにA.J.もDRUMSに復帰する。
そして2月にPEACH PITの1ST MAXI SINGLE「THE
BUZZ」のレコーディングを行った。
このMAXI SINGLEはA.J.のレーベル「ALIEN
RECORDS」からのRELEASEである。
発売は2002年4月20日。HAPPY TUNEの4曲。これは見逃せない仕上がりとなっている。
2002年3月。Y-SUKEとRIEが脱退。2人とも仕事の都合上、PEACH
PITを続けることが
できなくなってしまった。そこでメンバー募集の貼り紙を見たCOZYがBASSとして加入。
1ST MAXI SINGLEのレコ発ツアー「PEACH PIT
THE BUZZ TOUR 2002」は7人で
全国7ヶ所まわった。
こうして今のPEACH PITがある。
- A.J. - |
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| NEW PHOTO COMING SOON!! |
| PEACH PIT is: : |
| Akiko
- Trumpet |
| Cozy -
Bass |
| A.J.Tachibana
- Drums |
| Atsushi
- Guitar |
| Mari
- Trombone |
| Mayumi
- Vocals |
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